2010年12月26日

坂の上の雲

NHKの年末大型ドラマ、坂の上の雲の2部が終了した。この小説は、皆さんご存知のように、司馬遼太郎の代表作で、私もだいぶ昔に読み、その頃の文庫本は押し入れのどこかに入っているはず。
この小説は、「まことに小さな国が、開花期をむかえようとしている。」という書き出しで始まり、ドラマの冒頭もこの言葉で始まっている。
小説と映画(ドラマ)とどちらがいいかというのは、いつも話題になるが、私は小説も、映画もどちらもそれなりにいいと感じるので、第2部も、一部を除いてよかったと思える。
(一部というのは、最近のドラマに多い、不自然な絆の押し出し部分だが、ここでは多くは語らない。)

あの頃の日本人は巨大で近代化が進んだ帝国主義を相手に、勇猛果敢に、本当はどのように挑戦したのだろうか。それをとても知りたい。小説や歴史家が綴ったものでしか知りえないが、タイムマシンがあったら、ぜひ、あの頃の日本人に直接会ってみたい。

巨大で毎日が新興し続ける国々と闘い続けなければならない今日の状況は、あの頃の日本と似ているのではないだろうか。相手の巨大さ、異文化であることの不可解さ、漠然とした焦燥感、それらは共通しているのではないだろうか。

「まことに成熟した国が、衰退期をむかようとしている。」
のは、いやだから、
「まことに進んだ国が、新しい目覚めの時を迎えている。」
と言われるようにならないものか。

来年のテーマとして、1年間、取組み続けたい。
ご期待ください。

皆さん、よいお年を!!!

posted by さくら at 23:52| 社長Noike日記

2010年10月09日

ノーベル平和賞

ノーベル平和賞は不思議な賞である、と、思うのは私だけではないのではないだろうか。

昨年の受賞者、そして今年の受賞者。
これはノーベル賞の他の賞とは違って、頑固な意思が反映されている、と、考えざるをえない。

その昔、日本の首相が受賞したことを覚えている人もいると思うが、その時から、この賞の不思議さはずっと変わらない。

ただ、世の中にこのような賞があっていいと思う。
圧倒的な主張、無血な戦い、力に屈しない意思、そして選考メンバーの「生きざま」が反映された賞があってもいい。
それをどう判断するかは判断する側の問題として、自分の「生きざま」を示せばいいだけのことだ。

「生きざま」を、ね。
posted by さくら at 22:50| 社長Noike日記

2010年08月04日

1を100重ねても100にならないわけ

ワールドカップが終わって、だいぶたちます。
中沢選手があるインタビューで興味深いことを言っていました。

「前の大会では、自分の力を100%出そうと皆で頑張ったが、今回は、チームが勝つために自分は何をすべきかを考えた。」

ここには部分最適と全体最適の本質がありますね。

100のために、100人の人が1を出し合っても、実は100には到達しないことが多いのです。
なぜなら、打ち消しあうことや場合によっては1を出しているつもりでも、-1であったりするからです。

100のためには、ある人は2であったり、ある人は0.5であったりでいいのです。

今の日本の政治・経済・企業は1の積み上げで成功してきた人たちが、まだ頑張っています。
自分の持ち分を頑張ればいいわけではないのです。

新しい時代の新しいリーダーたちが活躍する時代はもうすぐです。
100から分解していくリーダーです。

皆さん、いかがでしょうか。
posted by さくら at 22:51| 社長Noike日記

2010年07月16日

誰が勝った選挙?

誰(どの党)が勝った選挙なのだろうか?
某雑誌によると、蓮舫さんとか。。。。。

管首相が誕生する前に、消費税について某大学の先生のお話を聞いた。
「多くの国民は消費税のアップに理解はあると思うが、消費税の前にやるべきことがあるだろう、というのが大方の国民の考えで、財政再建策や無駄の徹底排除に対する施策が必要です。」
こんな内容だったと思う。

その講演を聞いて、しばらくしたら管首相が誕生し、そして消費税の発言が。。。。
「駄目だよ、理解は得られないよ」と思っていたら、やはり。。。。

先日、選挙が終わった後の朝日新聞の世論調査で、管首相続投は7割が指示で、消費税の議論は6割がOKとのこと。
基本的には、管首相の考えは支持されているのかな????

世論調査は、「選挙に行った人」と「行かなかった人」に分けてとったらどうだろうか。
選挙と世論調査、何がなんだかわからなくなってくる。

経済・産業界は激しいグローバル競争を展開しているという中で、この「曖昧で、遅々」としたものはなんなのだろうか。

みんなの党は勝ったのかな?
一番空気を読めていたかもしれない。

選挙がインターネットで行われたら、世の中ひっくり返ると思う。そんな兆しはある。

皆さん、いかが思われますか?
posted by さくら at 00:38| 社長Noike日記

2010年07月04日

iPad

iPadを使いだして、1か月以上がたつ。
これはいいね。
二十数年前にマッキントッシュを見た時ほどの衝撃はないけれど、二十数年たった今、本当に、普通の生活を変えてしまうデバイスに出会ったように思える。

マッキントッシュは、今でも我が家の押し入れの中に大切にしまったあるはず。歴史を残すために、ほかのPCは誰かに渡しても、マックだけは、押し入れの中。
あの時の10分の1くらいの価格でiPadを手にして、さらに、その億万倍ものアプリやコンテンツが手に入って。

20世紀後半の20年と21世にのこの10年の30年間を、後世の人たちはどのように色づけるのだろうか。
デジタル革命という言葉は死語になりかけているけで、この30年、特にその後半は、デジタルライフ革命にふさわしい時代に思える。

「一生かかっても使いきれない(遊びきれない?)コンテンツ」とアップルのCMにあったけど、iPadを使っていると、これから始まるであろう「電子○○」革命がぼんやり浮かんでくる。
マッキントッシュやPCになくてiPadにあるものは、ライフ革命?!

雑誌の多くはこの波にのまれそう
音楽は、まっただ中。
TVは。。。

そして、「面白い」ことはタダ(フリー)でいくらでもある時代。

素人がやっていることが「面白い」
自分が参加することが「面白い」
知らない人とのバーチャルコミュニケーションが「面白い」
こんなに安く買えることが「面白い」

フリーではないのは、
「ありがたい」
「助かった」
「楽した」
「儲かった」
「超ブランド」。。。。。。。

ところで、政治と選挙は早くインターネットの時代に入るべきだね。
代議士の役割、選挙の役割が変わるはず。

皆さん、来週は選挙に行きましょう!!!!
posted by さくら at 23:28| 社長Noike日記

2010年04月05日

日本の活力

日本のこれからの活力はどこで生むのか、どうしたら生まれるのか、それらのことに対し、真剣に取り組んでいる人たちが、最近、
多くなってきたように思う。

すでに、ご存知の方も多いと思うが、経済産業省の産業構造審議会に、産業競争力部会がスタートした。2月からスタートし、5月まで活動するとのこで、すでに3回ほどの部会が開かれたようである。
活動の概要は下記で分かるので、ぜひ、ご覧いただきたい。
http://www.meti.go.jp/committee/summary/0004660/index.html

第1回めの「日本の産業を巡る現状と課題」と題する第1回めのレポートでは、かなり思い切ったことが書かれており、共感できる部分がたくさんある。が、しかし、、、、、
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g100225a06j.pdf

ここ数年、私も肌で感じていたことがまとめられており、経済産業省からこのようなレポートが出されたことは、大変ショッキングでもあるが、このような状況を作った行政の問題も大きい。そのことを、まずは反省すべきであるが、それはしないのだろう。

第1回の議事録の中で、マーケティングに関しても語られている。以下は、マーケティングに関する部分を抜粋した。

•産構審の消費経済分科会では、消費者志向の産業政策のあり方を検討している。そこで出てきた成果を是非ビジョンに取り組んで欲しい。消費者動向調査では、こだわりは「信頼」「安心・安全」「日本製」「長く愛せる」となっている。企業にはこういう意識を積極的に捉えて価格競争ではない、製品・サービスに励んでほしい。
•もう、品質・機能がいいものをつくれば売れるという時代ではない。しかし、需要の観点からものをつくるという発想がなかなか出てこない。これから、成長するマーケットである中国、インドのニーズをきちんととらえることが非常に重要になってくるので、需要者のニーズを把握するためのマーケティング力が不可欠。
•しかし、マーケティングには莫大なお金がかかる。これは、我が国政府の研究開発寄与率の低さにも関係してくる。企業の技術開発負担が高すぎて、高い技術を開発しても、いざ事業化しようとするときに、お金がでてこない。政府の支援が非常に重要。
•アップグレイディング戦略、ダウングレイディング戦略のうち、新興国の中間層をターゲットにしていくにはどちらがいいのか。競争相手がいる中で、全勝はできない以上、どこにフォーカスし、どういうふうに攻めていくのか、そこを明らかにするのが非常に重要。
•日本企業のベンチマーティングは弱い。自分に甘く、相手に厳しいという希望的観測になってしまう。イノベーションを次々と起こしていくことに加えて、常に自分に厳しく、相手に甘いベンチマークができるよう企業風土を変えていくことが重要。

いかがであろうか。
マーケティングは、もともと大きな概念でとらえるととらえどころがなくなってしまうが、これもその部類である。
このような切り口のまとめ方では、甘すぎる!!!

さて、みなさん、どうしましょうか。。。。。
続く。。。。。
posted by さくら at 00:12| 社長Noike日記

2010年01月04日

坂の下の雲

新年、明けましておめでとうございます。

2010年がスタートした。
21世紀も10年めだ。

失われた10年、そして実感のない戦後最長の好景気、時代転換の予感がするこの大不況。
20世紀の終わりと21世紀の始まりを振り返ると、次の100年を考える材料がたくさんあるように思える。ただ、予測はできない。多少の備えができるだけ。それでも、備えないよりはましだろう。なぜ予測できないか、それは、私がずっと感じている「突然の時代」だからだ。

突然の時代に関連して;
「ブラックスワン」という、非常に興味深い書が昨年出版された。不確実性とリスクの本質という副題がついている。とても読みにくいので我慢が必要だが、視点が面白く、また巧みなので、興味がある方はお読みください。

これから、日本は坂道を下っていく。これは止められない。坂の上の雲を追いかけた時代から100年と少し、目の前にある坂道は下り坂。
しかし、下り方は準備できる。そして、下り坂のその先の雲間に朝日を見ることもできる。

坂の下の雲の先にある朝日を皆で見つけなければならない。
そのことが、今を生きる我々に課されたことだと思う。

そのためには、まず、「経済の成長」を前提にした全ての施策やビジネスプランの見直しが必要だ。もちろん、マーケティングプランも。

今、日本には、「国家戦略がない」という。
国家戦略がないと言っている人たちは、「経済の成長戦略がない」と言っているように思える。

そもそも、戦後の日本にはどのような国家戦略があったのだろうか。高度成長は「国家戦略」と呼べるものだったのか。ビジョンや燃えるような心意気ではあったと思うが。
通産省が旗を振り、産業界と一体になって成長した時代はあった。しかし、それは、先進国(主に米国)に追いつけ追い越せというものであり、「強烈なトレードオフの中での意思決定(これこそが戦略)」ではなかったのではないか。


私は、国家戦略とは、国防と外交の二つだと思う(教育はかろうじて国家戦略かもしれない)。これらは国家という単位でないとどうにもならない。しかし、グローバル化された今日の経済活動に関しては、企業の戦略に任せるしかないのではないだろうか。それを国が支援するという戦術はあっても。
(ただ、マネー資本主義がここまで影響力をもってくると、マネー戦争のための国防が必要かもしれないが。)


話は変わって、今、日本だけでなく、先進国の大都市の多くが縮小しているという。(「都市縮小」の時代、矢作弘著)この書籍の中では、縮小した都市を盛り上げ、生き生きと蘇った都市がいくつか紹介されている。都市の集合体、または和が国家であるならば、そこに学ぶべきことは多い。
「国家戦略」が生活者の目線で、激しいグローバル競争に勝ち、かつ文化や生きがいなどの実現を考えられるものであるならば、それは「国家戦略」と呼んでもいいかもいしれない。
でも、そのようなことができるのだろうか?
今の日本で。

坂の下の雲も坂の上の雲も、雲には変わりない。
そして、クラウドの時代でもある。
今年は、雲、雲、雲です。
posted by さくら at 02:13| 社長Noike日記

2009年11月10日

ベースボールと野球

今年のベースボールと野球のシーズンが終わった。
今年は1年が長かったように思う。
WBCがあったから、ね。

原監督は世界一と日本一。
おめでとうございます。
原監督はすでに名将の域に入ったという。確かに、勝った。でも、それ以上に、今年はいろいろな言動が光った。
「監督は覚悟すればいい、結果の責任は監督がもつ。」
簡単な言葉だけど、その重さは半端ではない。

高校時代からのスーパースターが、何度もの苦しい経験を経て、新しい時代を切り開いているように感じる。
同世代の監督として、これからも応援したい。

日本シリーズで敗れた梨田監督のコメントも印象に残った。
「巨人を祝福する気持ちが半分、負けた無念な気持ちが半分」というような発言だったと思う。
正々堂々として、素晴らしいコメントだ。
梨田監督も応援したい。

ベースボールは松井選手の活躍で終わった。
オバマ大統領もNHKの単独インタビューで松井選手の活躍に触れた。怪我と戦い、勝ちとったMVPは素晴らしい。

MVPのトロフィーを掲げる松井選手を見た時、あるシーンが思いだされた。巨人で日本一になった時、皆が浮かれる中、一人、寂しそうな顔をしていた、そのシーンを。
大リーグ挑戦を表明し、松井選手は「裏切り者と言われてもしかたない。自分の意思を貫かせてほしい。」と語った。

原監督、梨田監督、松井選手に共通しているものは。。。。

勝つための心構えも負けるための心構えも同質で、全ての現実を受け入れ、その上で希望をもち続ける。。。。。。そう感じた。

ワールドシリーズの松井選手の打席を見ていて、また、別なシーンが思い出された。
松井選手が微動だにせず打席に立ち、一球だけを待ってその球をホームランしたシーンだ。たぶん、日本で最後の年だった思う。
あの時は、「ホームランを打つ」と感じた。だから覚えている。
「ほんとに打った。」
相手投手だけでなく、テレビを見ていた私が吸い込まれた。
今年のワールドシリーズも、そんな雰囲気があった。
そして、どちらにも、集中して静かな松井選手の顔があった。

ここまで書いて、諸葛孔明が大切にしたことの一つを思い出す。
それは、「冷静」である。心を冷静にすること、冷静にすれば集中力が高まる。冷静にすれば、視野が広くなる。
視野広く、集中すれば、事は成せる。

ワールドシリーズがUSAシリーズになる日は、来るだろうか。
posted by さくら at 23:56| 社長Noike日記

2009年10月17日

The Beatles!!!!

9月9日に「ザ・ビートルズ・ボックス」として、The Beatlesの全曲のリマスター版が発売された。もちろん、購入した。
エンジニアがしこしこ作業をしたのだろう。ありがとう。確かに音はいい。

LPも(多分、まだ家のどこかに)あり、CDも何枚かあるのに、またまた購入した。
「買わない」という選択肢、この歴史的な出来事に参加しないという選択肢、それらはないのだからしかたないexclamation&question


同梱の解説書が中々よく、初めて知ることもたくさんあった。その中での一番は、「ツイスト・アンド・シャウト」のジョンだ。
以前から、この曲でのジョンの声は最高にカッコいいと思っていた。よくここまでShoutできるし、この曲にぴったりだと感じていたのだ、、、、、、、
そのぴったりな理由とは、、、、
なんと、この曲は、ジョンが風邪で声がガラガラしていた時に収録したのだという。
しかも、2テイクで終了!!!

ああ、なんと大らかで、ストレートな時代だったのだろうか。わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)

The Beatlesの8年間の活動は初期、中期、晩期と分けられる。
どの時代もいいのだが、また、改めて聞き直し、ストレートなロックンロールをやっていた初期の頃の、時代を切り裂くエッジがむき出しになった曲たちが、今はとても気持ちいい。

ちょっと複雑になりすぎた時代ではあるが、ストレートにエッジを出した方がいいかもしれないですよ。皆さん。
私も、ちょっとその方向にシフトし始めました。

It's been a hard day's night が続きますが、頑張りましょう。ハートたち(複数ハート)
posted by さくら at 22:43| 社長Noike日記

2009年10月04日

2016年、リオに決定

2016年の夏季オリンピック開催地がブラジルのリオデジャネイロに決定した。東京は残念な結果になったが、まだオリンピックが一度も開催されていない南米での開催は、「平和の祭典」としてのオリンピックの意義について、改めて考えさせられた。

深夜の2時前に最終発表があるとのことで、そのライブを見ていた。最初にシカゴが落ち、次に東京が落ち、そしてマドリードとリオの決勝戦でリオが勝ち。ペレが鳴き、コパカバーナはお祭り騒ぎ。

オリンピックの開催地決定にあたっては、たくさんの人と金が動く。1998年の長野オリンピックも、確かなことは闇の中だが、知人や地元の人の話を総合すると、そこで動いた人や金はかなりのものと想像できる。今回も、国家プロジェクトの受注合戦のように、各国から大勢の人がコペンハーゲンに集結し、プレゼンテーションが行われた。
今のやり方は、現行の開催地決定のルールの中でのことであるからしかたないが、そもそも、もうこのようなやり方は改めるべきではないだろうか。
税金を使った招致合戦に敗れれば、なにもなし。旗を振っていた人たちには、友情や新たな出会いの場が生まれるとは思うが、ほとんどの納税者には、何も残らない。

少なくとも、五大陸を順番に回るとか、まだ開催していない国を優先するとか、その程度のことは、そろそろ決めてもいい。
今回、シカゴが最初に落ち、次に東京が落ちたことは、ひとつの時代の終焉を意味するのではないだろうか。
プレゼンテーションや招致合戦で勝敗を決する方法以外に、別な何かをやるべきだ。

今、先進国には、一時的な盛り上がりや刺激策ではどうにもならないことがたくさんある。苦しくとも、痛みを分かち合っても、現状を変えていく継続的な施策と粘り強い実行力が必要ある。
アメリカも日本も、その点では同じところにいると思うが。

オリンピックを必要とし、オリンピックが時代を切り開くためのドライビングフォースとなる時、その時代は確かにある。
日本はどこにいるのか、もう一度、考えてみたい。

リオのオリンピックは行ってみたい。



posted by さくら at 21:41| 社長Noike日記

2009年09月16日

祝、鳩山政権誕生

2009年9月16日は、歴史に刻まれる日になった。
初めての政権交代、民主党が圧倒的な国民の支持で誕生した日として。

民主党が4年続けば、日本は生まれ変われる可能性を秘めている。大いに期待したい。

さて、今回の選挙では、たくさんの新人議員が誕生した。これは小泉政権の時にもそうであったが、私は、あの時のチルドレンとはかなり違うものを感じている。

誕生した議員をみると、年代、職業、経験などがまちまちだ。正直、「大丈夫かな」と思われる人たちもいるが、この流れは、今後の日本の政治家のかたちとして、大変望ましいことだと感じている。
私は、これまで、政治家はプロの仕事と考えていた。
しかし、今、政治家を職業にしない人が国会の場で頑張ることが、日本を良くすると考えている。職業政治家、庶民代表や少数層代表の政治家、官僚、経済界の方々がぶつかり合う姿を、ぜひ見たい。
職業政治家だらけの鈍った感性が、自民党を「ぶっ壊した」ことは明らかで、もはや、その道にはもどって欲しくない。

今、私が望ましいと考えている、これからの国会の人員構成は、2割の職業政治家と8割の”国民の声代表政治家”による構成だ。(ローマ帝国の元老院と平民会の仕組みに近いイメージ)
ただし、”国民の声代表政治家”が勉強しなければならないことは、半端ではない。死に物狂いでやってほしいし、それらの人にはブレーンが必要で、その費用は国民が負担してもいいのではないかとも考えている。
今は、半分祈るような気持ちで、それを期待している。

自民党には、野党として何をするのか、大変注目している。
何もできないことに愕然とする人も出てくるのではないだろうか。
大臣や首相になりたくて自民党に入った人たち、しっかりとした理念をもった人たち、族議員であることに価値があった人たちと、分かれるだろう。

そして、4年後には、政界大編成が起きて欲しい。
新民主党、新自民党の誕生を経て、日本が”新日本”に生まれ変わる日がくることを期待している。
posted by さくら at 23:58| 社長Noike日記

2009年07月20日

偉業達成ならず

全英オープンゴルフで、59歳のトム・ワトソンがプレーオフで敗れ、奇跡に近い偉業の達成がならなかった。
昨年のグレッグ・ノーマン、今年のトム・ワトソンと、シニアが大活躍する全英オープンだが、二人とも、あと一歩のところで敗れ去った。なんとも残念ふらふら

72ホール目の第二打はアドレナリンが出て、グリーンオーバー。パーパットをうち切れず、ボギー、そして、S・シンクとプレーオフへ。
プレーオフは、ショットが曲がり、惨敗。
72ホールを終えたところで、59歳には、もう余力はなかったのか。気落ちしてしまったのか。寒さのために体が動かなかったのか。
あれほど正確なショットが左に右にと乱れたのは。。。。

私は、全英オープンは、ゴルフの大会の中で最高峰だと思う。ゴルフの発祥は、全英オープンが開催される英国のリンクスだと言われ、ゴルフの原点だと言われる。しかし、私には、何が原点かは関係ない。エンタメ・ゴルフの米国、ご接待ゴルフの日本、それぞれにゴルフ愛好家が楽しめれば、それで価値があり、意味がある。
私が最高峰だと思うのは、心技体+αが試されるのがこの大会のように思えるからだ。

ゴルフにとって、風と寒さは大敵だ。その大敵に向かうことこそ、全英オープンには求められる。
寒くなると思うように体が動かない。風が吹くと、会心のショットなのに不運が続く。
じっと耐えて、チャンスを待ち続ける粘り、この一打、この一打と積み重ねる謙虚さは、他のメジャー大会でも優勝のための条件になる。しかし、全英オープンには、心技体に加えて、感性が必要に思える。天候変化への感性、自分の状態への感性、次に起きることへの感性、そして、勝利の女神を引き寄せる感性。

「勝負を決めるための運」は、はじめから誰かの下にあるのではなく、奪い取るもののように思える。奪い取る、その瞬間に集中できる感性こそ、心技体を超える何かなのかもしれない。

今回の優勝は、2アンダーだった。これは予選落ちした石川遼が初日に出したスコアだ。
珍しく、タイガーが自分のプレーに怒っていた。スプーンで、素人がよくやるダフリ&テンプラもしたらしい。
いろいろなことがあった全英オープン。
今年はいい勉強をさせてもらった。
ゴルフに、ビジネスに、人生に、ヒントをもらった。
posted by さくら at 12:32| 社長Noike日記

2009年06月15日

もう一歩だよ。。。

某通信系企業のお客様センターから電話があった。

センター;「○○のお客様センターの○○です。ご利用いただいている○○、○○などはいかがでしょうか。」
私;「特に問題はありませんよ。」
センター;「では、○○はいかがですか。」
私;「ああ、それはあまり利用しないので解約したんですよ。」
センター;「失礼しました。こちらの情報では、まだ解約の登録がされていませんので、ご利用かと思いました。解約の手続き中だと思いますが、もし、ご確認が必要であれば、弊社の○○にお問い合わせください。こちらではお答えできませんので、ご了承ください。」
私;「ちょっと待ってください。いつもおたくはそうやって、縦割りで、あちこちに問い合わせよですね。せっかく、お客様センターがあるのであり、しかも、こうやってサービスに対する不満を聞くならば、この件も、○○に問い合わせよではなく、『ご確認後、連絡します。』くらいのことまでやってもらないのですか。」

センター;「(ちょっと困ったように)申し訳ありません。今はちょっとできませんので、、、」
私;「分かりました。では、今日、お客様からこのような要望をいただいたということを、記録に残してください。今日のことは、システムに登録され、記録に残り、上の方にも報告されるのですね。」
センター;「はい、そのようになっています。」
私;「では、お願いします。」
センター;「分かりました。ありがとうございました。」

このお客様センターは、どのような目的で、どのような機能&業務設計がされているのか分からないが、受けた印象では、企業の側に立って、一方的に自分たちが欲しい情報を得るためのセンターであるように思われる。
お客様の視点にたってば、もう少し、違うのだが。。。。

でも、このようなことは自分たちにもよくある。
このようなことに直面するたび、私も、Creemaも、このようなことをしてないか、振り返ることにしている。
企業が長く活動をしていくと、内部のロジックで動くことが多くなり、お客様満足といいながらも、それからはずれていく施策やプロセスが目立つようになる。
そのままにしておくと、いつしか、企業は時代に取り残される。
それが、企業の命なのか。。。。

お客様の声を聞き、もう一歩踏み込んで、お客様の潜在的な要望まで想定して仮説を立て、それに対してPDCAを回していく活動、この活動こそ、マーケティングだと、私は信じている。
だから、マーケティングは妄想、網想、猛想が面白い。
posted by さくら at 00:16| 社長Noike日記

2009年06月04日

足利事件に思う

足利事件で無期懲役が確定して服役していた菅家さんが釈放された。無実の人に下された判決の責任はだれがとるのか、17年間の時間をどう償うのか、など、など、とても気が重くなる。

これは、悲劇そのもの。なんとも悲しい出来事だ。

検察による自白の強要、DNA鑑定の間違いなど、いろいろと報道されている。足利事件が起きた頃のDNAの鑑定精度は、現在の精度にはるかに及ばないという。菅家さんが服役中、弁護団が再三、DNAの鑑定を依頼しても、最高裁は拒否し続けたという。なぜだろうか。。。。

世の中には、間違いを間違いと認めてはいけない人たちがいる。代表的なのはスポーツの審判。ストライクと言えば、ストライク、ボールと言えば、ボール。審判がルールブックだかから、誰も逆らえない。でも、スポーツでは、「また頑張ればいい」、と次への奮起につながるように気持ちを切れ変えれば、審判の間違いも忘れることができる。しかし、、、

法の周りにいる人たち、先生と呼ばれる人たち、そして、官僚という人たちは、基本的に間違いを認めたりはしない。それが彼らのアイデンティティーであり、役割であるからだ。
それらは認めるしかない、それらを否定してはいけない。

人は完ぺきでなく、最高裁の裁判官でも、高級官僚でも間違いがあるのだというならば、それをチェックする機能、すくなくとも、チェック(監査)した結果を公表する機能が必要で、フィードバックできる仕組みが必要だ。
では、今もそのような仕組みがないか、というと、いくつかの仕組みはあるが、本当に機能しているかどうかは怪しい。
パブリックコメントはその一例だ。(公的な機関が規則あるいは命令などの類のものを制定しようとするときに、広く公に(=パブリック)に、意見・情報・改善案など(=コメント)を求める手続をいう。)

多くの場合、パブリックコメントや多くの有識者、賢人が集められた会で、新機軸が打ち出されることは少ない。大きな修正もないのではないだろうか。どんな意見が出されても、それを上手に吸収し、結局は、自分たちのシナリオを正当づけることにしてしまう。官僚マジックが見られるだけのように感じられる。

ところで、先日の医薬品販売に関する法令の改正は、いったい、どのようにコメントが反映されたのだろう???? 
インターネット販売が許されるのは、離島だけ、というおよそ、21世紀には考えらない法令を、皆さんはどう思います???

話は元にもどして、、、
相互にチェックしあう仕組みを作り上げることは可能なのだろうか。三権分立の上に、さらに監査を組み入れた統制の仕組みはできるのだろか。。。。。。
実際にはできないだろう。
でも、裁判員制度は、裁判官や検察に対する監査かもしれないし、民主党が言っていることが実現すれば、官僚支配の切り崩しのきっかけになるかもしれない。
そして、今回の事件は、社会に対して、大きなインパクトを与えてたことは間違いない。


さて、さて、経営者は自分の間違いを認めるのだろうか???
私が思うに、平均的な経営者は、認める時もあり、認めない時もありだろう。ただ、幹の部分は何も変えないだろう。
優れた経営者は君子のように変われるから、どんどん認めて、変えていく。まったく違うことを言っても進めていく。
そして、歴史に残る経営者は、決して変えない。なぜならば、間違いがないからだ。間違いがないから、歴史に残る。間違いは、その人の後の人が全部、引き継ぐことになる。

私は、、、、、
たくさん間違えている。間違いを直せる時もあるし、固執することもあるし、また同じことやった、と反省することもしきり。
そんな中で、たくさんの人に助けられて、勇気づけられている。
感謝、感謝、ありがとう、皆さん。

いい時代ではない。でも、失望や諦めの時代でもない。
頑張りましょう。皆さん。

posted by さくら at 22:39| 社長Noike日記

2009年05月24日

世論調査の怪

民主党の党首が代わり、世論調査が発表された。首相にふさわしいのは?、支持政党は?、政府に対する信認の度合いは?、と、毎度の結果が新聞各紙で公表されている。

今や、世論調査は、政治を動かす魔法の数字になっているように思えてしかたない。世論調査は、テレビの視聴率か、と思えてしまう。
はたして、このような不思議な状況が続いていいものなのだろうか。

世論調査を政治家が無視できないようになったのは、いつ頃からなのだろうか。確かに、昔から発表はされていたが、、、

特定の理論の元にサンプリングした大衆の声を、メディアが報道することにはなんら問題はないだろ。そして、それを上手に政治家が使っていくことも問題ないだろう。
しかし、である。
世論調査が首相を辞任に追い込み、衆議院を解散させ、または、不祥事の任命責任を追及するようなことが、本当に日本を良くすることなのだろうか。
選挙とはいったい、なんなのだろうか。

「国民から選ばれない首相と政府」と言われるが、世論調査がやるべきことは、政党や首相の人気投票ではなく、「今、衆議院を解散して、国民に政策をとうべきか、その時期ではないか、どちらなのか」ということではないのだろうか。

日本の政治家が大衆迎合主義(ポピュリズム)に走りすぎているという批判は、ここ何年か、多くの方々が言われている。
ポピュリズムがいいか、悪いか、別にして、選挙で勝っても、世論調査が出す数字の威力が大きい以上、それを気にしない政治家はいないだろう。

政治家や政府は、選挙で公約したことの実現においてのみ、評価されるべきだし、コミットメントしたそのことを実現するためには、それなりの時間(と資源)が必要だ。半年程度の大臣になにができるのだろうか。

このようなことをぐちゃぐちゃ話していくと、二院制のあり方そのものや選挙制度そのものの不都合さまで、話さなければならなくなる。今世紀中には、その議論が進められて、議会制民主主義の新しいかたちができあがることを期待する。

そんな先のことではなく、当面の策は、、、となると、、、

衆議院の制度では、じっくり腰を据えた取り組みはできないのであれば、解散のない参議院に長期的な問題(年金、社会福祉、教育など)を議論してもらおう。
どうだろうか。

今週号のニューズウィーク誌は、「オバマがオバマを語る」という表紙で発刊された。思わず買ってしまった。(内容は、それなりで、意外性や驚きはあまりない。が、どうしてもこのような雑誌には意外性や驚きを期待してしまうので、よくないのかもしれない。)
オバマ大統領は相当に頑張っていると、個人的には思う。原爆の発言、グアンタナモ収容所の件など、頑張っている。4年間という時間をどのようにプランしているかは分からないが、その与えられた時間の中で、米国だけでなく、ぜひ、世界をチェンジさせてほしい。

世論調査のあり方について、皆さんはどう思われるだろうか。

posted by さくら at 23:53| 社長Noike日記

2009年05月18日

eビジネス

先週、東京ビックサイトで開催された展示会に足を運んだ。
Web関連ビジネスの展示会で、大変面白かった。
特に、ふらりと立ち寄ったある企業のミニセミナーで、久々にeビジネス(またはe-ビジネス)というワードを見つけた。

eビジネスというワードは、IBMが提案し、広めたコンセプトである。私にとっては、ここ20年の中でも大変印象に残り、また、優れた時代感覚、先見性と表現力をもったワードだ感じていた。しかし、最近、ほとんどこのワードをみかけなかった。
そのワードが、ミニセミナーの中で使われていた。

このブログを読んでいただいている方の中には、IT業界になじみのない方も多数いらしゃるようで、そのような方は、このワードが意味する概念について、検索エンジンで調べていただきたい。

展示会は数年前から始まったものだが、3年前の展示会とは別の展示会になったのではないかと思うほど、Webビジネスの広がりを強く感じた。この3年間、各社は多くの経験を積んで、製品やサービスを育て、洗練させてきたことがよく分かった。

今や、ネット通販やネットスーパーなどは、eビジネスがリアルビジネスの領域までを食い込む勢いがある。
今後、ネットで売れないものはなくなっていくに違いない。

eビジネスとあえて言う必要もないくらい、すでにeビジネスは生活の中に浸透している。だから、eビジネスというワードを私はあまり見かけなくなったのだ、と思う一方、メディアや「売らんかな」の人たちの使い捨てワードに惑わされることなく、しっかりと底流を見つめることの大切さを改めて感じた。

余談だが、不況の時には展示会やイベントものにはたくさんの人が集まる傾向がある。ビジネスチャンスを求める人とお勉強の人が増えるのだろうか。eビジネス(ネット情報)だけでは足りない、「リアルな空気や全体観」を求めるのだろうか。

私にとってリアルなイベントは、Face to Faceの場としてとても貴重で、いつも新しいひらめきとフランクなコミュニケーション、ホットな情報が得られる場である。
インターネットが進化をつづけても、リアルなイベントはなくならないと思う。
なくなるのは、ネットとリアルの中間のものだexclamation&question
posted by さくら at 00:42| 社長Noike日記

2009年04月19日

タックスヘイブンに開示要請

先週、日経新聞をご覧になられた方はご存じだと思うが、タックスヘイブンを通じた脱税阻止が報じられた。

タックスヘイブン(租税回避地)とは、法人税や利子・配当への税品がゼロだったり、非常に安かったりする国や地域のことを言う。
以前から、資金運用のプロは、このようなタックスヘイブンを上手に利用して運用利益を上げてきた。
昔、私の知人にそのノウハウの一端を聞いたことがあるが、素人には分からない。
「株は駄目、あてにならない。税金をいかに納めないか、それがノウハウだ。でも、合法だよ。ちょっと数学が必要なんだけど。」と友人が語った言葉しか記憶に残っていない。

今回の金融危機で、このタックスヘイブンが、改めて注目され、表舞台に出てきた。税を取りたい側にとっては、そこまで手をつけなくてはならない状況なのだろう。

南の島の税金がかかならいところのペーパーカンパニー、スパイ映画でおなじみのスイスの銀行、これらが我々がイメージしやすいタクスヘイブンのリアル像だ。

現在、タックスヘイブンの金融資産は総額千百兆円、脱税額は二十五兆円と試算されているようだ。
米国では、スイスの金融大手UBSが、米国から情報開示を迫られ、開示に応じなければ米国撤退をちらつかされたため、米司法当局に脱税ほう助を認めたとの報道もされている。

日本国政府も、スイスと税務情報の交換規定を設ける交渉に入ったとのことだ。資産家が脱税目的でスイスに資産を移した疑いがある時、スイス政府に銀行の機密情報の開示を要求できることになるという。


今回の金融危機で、経済のグローバル化においては、このような、資本主義を支える基本的な部分の仕組みのもろさがいくつか指摘されている。しかし、その仕組みは、一般には分かりにくいし、実感がつかめない。

今回の金融危機で起きている様々事象について、この時代を生きる我々は、後世のために、もう少しそれぞれの立場で頑張って勉強し、理解してみる必要があるかもしれない。
posted by さくら at 11:46| 社長Noike日記

2009年04月12日

母校で観戦

ふらっと立ち寄った母校で、バスケットボールの観戦をした。

満開の桜に誘われて、母校に立ち寄った。
校内を歩いていると、ボールの音が聞こえてきた。
何気なくその音に誘われて体育館をのぞいてみると、練習試合が始まる模様。そこそこの体格の選手もいるが、あまり大柄な選手はいない。ちょうど、試合が始まるところだったので、ちょっと見てみようと思い、コートの隅に腰をおろした。

私がバスケットボールをやっていた大昔と違い、得点も、24秒表示も電光掲示板が使われているのに、まずはびっくり。

母校の高校の1、2年生と中学生との練習試合だと分かってきた。中学生もなかなかやる。シュートが入らない高校生を前半はリードして終了。
ところが、後半は少し大柄な選手が出てきた。多分、中学生相手に負けてなるものかと、選手を入れ替えたのだろう。前半は高校1年生で後半は2年生だったのかもしれない。

後半開始早々からオールコートプレスをかけ、これがうまくいって連続5、6ゴールし、あっという間に高校生チームが逆転した。
中学生チームは、縦にも横にも大柄な高校生を相手に、ディフェンスでのリバウンドが取れない。コーチからスクリーンアウトの指示が出ても、うまくいかない。
(スクリーンアウトとは、ボールの落下地点に相手を入れないようにして、リバウンドボールをとるやり方)

結局、最後まで試合を見てしまった。
前半は、大柄な高校生がいなかったので、中学生も果敢にゴール下へ切り込んでディフェンスを交わした華麗なシュートもあったが、後半は、あまりいいとこなし。

この試合を見た後、清々しい気持ちになった。
観戦していた私のところにボールが飛んできたので、拾い上げてしっかりチェストパス!!
久々のボールの感触も悪くない。それもあってか、いい気持ちで体育館を後にした。
ありがとう、君たち!!

以前から誰かがやらないか、と思っていたことを、この試合を見て改めて、強く感じた。
それは、「180cm以下の人だけのスモールバスケットボール」だ。3on3というハーフコートだけでやるバスケットボールもあるが、オールコートを走るバスケットボールは、やはり楽しい。

体格に劣る中学生も、前半はいい試合をしていた。これはこれで面白かったし、技も見られた。でも、後半は体格と体力に劣る高校生に完敗。

スポーツは楽しいし、いろいろなことが学べる。どんなスポーツも体力がなければ、一流にはなれないが、二流、三流のスポーツの拡大は社会を明るくする。

毎日練習をして体力と技を鍛えるのは試合で勝ちたいからだ。
大人の気分転換のためのスポーツもあるが、それはそれでいいとして、どんなスポーツでも、試合に勝とうと一生懸命やることは、最高に楽しいことだ。勝った余韻は、いつまでも忘れない。負けた悔しさもエネルギーになる。
だから、一等賞は唯一無二でなくてもいいのではないか。
たくさんの一等賞があっていい。

ちょっと枠組みを変えるだけで、できることがたくさんあるように思える。
今は、そんな時代ではないだろうか。
posted by さくら at 00:05| 社長Noike日記

2009年03月28日

高校野球がメジャーに勝った?!

WBC野球、2連覇、すごいexclamation×2

最後にイチローが打って、勝ったWBC。
この筋書きは出来すぎ!!!

イチローが、4番が、バントしてつないで、大振りせず確実にミートする打法は、まさに高校野球。
今回のWBCは、第一回の大会よりも日本の高校野球スタイルが際立っていたように思う。

日本に高校野球があったから勝てたのだろうか?
日本の選手は高校野球を経験しているから、昔を思い出したプレーが出来るのだろうか。
キューバには、米国にはコウコウヤキュウはないのだろうか。韓国は???


私も、年に1度か、2度、東京ドームや神宮球場で野球を観戦する機会がある。観戦していて面白いのは、やはり打撃戦だ。投手戦は面白くない。応援するチームが勝てば、それはうれしいが、負けても、ホームランが出て賑やかな試合であれば楽しい。
終盤の送りバントは許しても、序盤の送りバントは、まったく面白くない。ましてや主軸打者にバントさせる野球は、期待外れ!!


今回のWBCを見て、メジャー・ベースボールも、日本のプロ野球も興行なのだと改めて感じた。
興行なのだから、何かが面白ければいい。勝ち負けがすべてではない。たまたま観戦に行った試合なのだから、勝つことだけを期待しているわけではない。
負けても何かで楽しませてほしい。

野球解説者やスポーツ関係者は、毎日試合を見ているから、投手戦や1点を争う試合を評価するが、私はたまに見るだけだから、その試合が面白ければ、それでいい。また見に来たいと思える何かがあればいい。

野球WBCは負ければ終わりだから興行とは違う。

楽しみを生む興行」と「感動を生むWBC
どちらも、人を、社会を明るくしてくれる。

ただ、感動の山手線化は感動の価値を下げてしまう。
「もっと楽しく!」はありだが、「もっと感動を!」ではないように思う。
「忘れていた感動の目覚め」によって、人は、社会は動くように思える。

マーケティングを考えるには面白い材料だ。

posted by さくら at 00:10| 社長Noike日記

2009年03月21日

公的資金流用し巨額の報酬

先週から報道されているAIG賞与の件について思う。

この件では、まず、「見逃した」オバマ政権が批判された。(その後も批判の的である。)
続いて「人材流出を防ぐためにインセンティブは必要、人材が流出したら会社は存続しない」との主張をする人が現れ、また、コネチカット州では、企業が支払い契約を破棄した場合、州法は社員に倍額の請求権を認めているとも報道された。企業法務の専門家の中には、「支払、やむなし」という人が現れた。

その後、法整備が不十分とのことで、法律改正の動きが出ると同時に、AIGでは報酬の50%を返還するよう指導しているとの報道も流された。

この件を聞いていて、過去に、超有名なフットボール選手の妻殺害事件を思い出した。弁護士のドリームチームを組んで、結局、無実を勝ち取った、あの事件だ。
当時、高速道路を逃げ回るフットボール選手の車をパトカーが追跡するカーチェイスがCNNで流された時、誰もが何らかの関与はあると感じたはずだ。しかし、、、、
陪審員にno guityと言わしめたドリームチームが編成されたあの事件を、ふと、思いだした。

21世紀にいきついたアメリカンドリームは、たくさんの人々の犠牲の上になりたっていることが、あちこちで明らかにされている。でも、アメリカを目指し、西部を開拓したスピリット、そのフロンティア精神をもったアメリカンドリームは、本当はそうではなかったのではないだろうか。
アメリカは、今、原点にChangeできるのか、いったい、何にChangeなのか、それを今回のような事件において言うべきだし、日本も問うべきだ。

AIG賞与に関しては、普通に、当り前に考えればいいことだ。自由主義国家であろうと、なかろうと、法律があろうと、なかろうと、スーパービジネスパーソンである前に、一人の市民であることから判断すればいいことだ。

ここまで書き続けて、司馬遼太郎さんが好んで使われていた言葉を思い出した。
魂の美しさ」という言葉を。

「魂の美しさで金もうけができるかexclamation
というなら、もう何も言うまい。

「人材流出、企業存続、法律などの手続き論」の前に、社会が崩れていくのか、、、、それもしかたないことなのか。

そうだとすれば、その後のことは、こちらの世界で考えるしかない。
posted by さくら at 17:34| 社長Noike日記